B:妖精の親友 ドモヴォーイ
寂しがり屋のピクシーが、自らの友人役として創った魔法生物、それが「ドモヴォーイ」だ。主を守るよう設計されて造られたドモヴォーイは、いついかなる時も主の側を離れず、良き友人で在り続けたという。件のピクシーが、罪喰いに襲われて命を落とすまではな……。
それからどれだけの時が過ぎているのかはわからんが……今もなお、ドモヴォーイは、大切な親友である主の姿を探して、イル・メグを彷徨っているそうだ。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
私が作られたのは「光の氾濫」と呼ばれる厄災のあと、ここが妖精郷と呼ばれるようになってからの事だ。それ以前の事は存在していないので当然分からないが、時折主が話してくれた断片的な話は今でも記憶している。私を作ったまだ若いピクシーは、以前はノルヴラントの外、北の「寒い森」に住んでいたと言っていた。
「寒い森」は一年を通して雪と氷に閉ざされた白と黒の静かな世界で、このイル・メグとはまるで正反対だったそうだ。それでも冷え込んだ朝には空気中の水分が空中で凍ってハラハラ落ち朝日を反射して輝く。それは色んな色に煌めきとても綺麗なんだと教えてくれた。彼女はいつか一緒に見たいねと言ってくれた。
主は一見、いつも元気で活発で能天気な明るい性格に見える。だがそれは彼女がそのように振舞っているだけの偽りの姿だと私は知っている。本当の彼女は寂しがり屋で、独りになるのがすごく怖い臆病なピクシーだ。そもそも私を作った理由が独りになりたくなくて、いつも誰かにそばに誰かにいて欲しかったからだ。昼間にどんなにはしゃいでいようとも、どんなに楽しく過ごしても、夜一人になると寂しくなる。独りでいる事がどうしようもなく悲しくなるらしい。そんなとき主は草花を編んで作ったバスケットの様な私の体にゴソゴソと潜り込んで、丸くなり体を震わせ、声を抑えて泣いていた。私は湖の湖畔に座り、主が吐き出したい思いを聞き、主が泣き疲れて眠るまで何時間でも彼女を包み込みんだ。
そんな毎日がどのくらい続いたのか。基本的には歳を取らず自然死する事のない妖精であるピクシーを主として過ごす時間と生命の概念のない私にははっきりとは分からないが、ゴーレムと呼ばれるものに近い魔法生物である私にほんの僅かだが自我が目覚める程度に長い時間だったことは確かだ。
未来永劫続いて行くことに疑問の余地もない、そんな長い時間を片時も離れることなく過ごしてきた主と私だが、驚くことに別れの日は突然やってきた。
本当にそれは瞬くような一瞬の出来事だった。
突然、何の前触れもなく侵攻してきた罪喰いの群れ。私は主を守るために戦ったが、多勢に無勢。私は彼女を守り切れなかった。四肢をバラバラにされ、首がもげ落ち、壊れて動かなくなってしまった主の体。目は見開いたままなのにピクリとも動かない彼女。私は何の意味もなく主の体をかき集めた。組み立てて元に戻そうとした。ほんの僅かだったはずの目覚めた自我により私の中の何か、説明できない何かがが壊れて溢れ出した。私は後にも先にも一度だけ、泣いた。流れる涙はないが、あれが恐らく泣くという行為であり、泣くという感情なのだと確信できる。
今こうして頭の片隅でこんなに冷静に過去の自分を分析し、振り返れ、主はもういないという事実を認識できるにもかかわらず、思考の逆サイドではそれと同時に、今もどこかで主が私を呼んでいるのではないか、また涙を流しているのではないか、私を必要としているのではないかとの焦燥に似た感覚が共存し体を突き動かしている。そして私は主を亡くして以来、このイル・メグを隅から隅まで、何度も、ひたすら徘徊しながら彼女を探しているのだ。
そしてまさに今、そうした私の行動を明らかに邪魔しようとする二人組が目の前にいる。
頭の半分では邪魔者、敵対者と認識し排除すべきと理解しているのだが、もう半分、自我が奪い取った思考の部分では、私はこの二人組に心から救いを求めていた。
頼む、もう終わらせてくれ、と。
もう彼女のいない世界に何の興味も何の未練もない。
そもそも私が居る意味はないし、居たくはないのだ。
「辛かったわね。終わらせてあげるから…」
私は驚いた。通じるはずはない私の想いをこの二人は理解したというのか。私は不覚にも泣いた。勿論、魔法生物である思考部分により彼女らへの攻撃を開始していたし、涙が流れる訳でもないから表見にはわかるまい。だが間違いなく泣いていた。
私は永い永い気の遠くなるような生涯の中で、たった2度だけ泣いた。